図書室のお米たち


集中力を卵だとしたら、今は溶き卵にしてスープに入れたときみたいになっている――図書室の机に突っ伏したまま動かなくなったひのひかりの姿を、ささにしきはそんな風に評した。

「つまり、今のひのひかりの頭の中はかき混ぜられてドロドロのゆるゆるってこと?」
「その言い方はあまり美しくありませんので、どうかと」
「でもさ、溶き卵を美しく表現するのって難しくない!? にこまる困る〜!」
「せめてフワフワとか、トロトロとか、もう少しあるんじゃないでしょうか」

ささにしきの言葉を聞いたにこまるとあきたこまちは、勝手にふたりで溶き卵トークに盛り上がっている。

「稲(いな)! これは言わば 『蒸らし』! 何もしていない時間のように見えて、俺達がおいしく炊き上がるために必要な時間なんだ!」

がばりと勢いよく頭をあげて、ひのひかりが叫ぶ。

「とぎ汁……と言いますか、よだれ出てますよ、ひのひかりさん。あと図書室ではお静かに」
「他に誰もいないみたいだし、大丈夫だろ! って、あれ? ひとめぼれは?」

ひのひかりは、きょろきょろと辺りを見回す。ここ穀立稲穂学園の図書室にいるのは、ささにしき、あきたこまち、にこまる、そしてひのひかりの4人だけだ。

「少し前に、まなむすめの迎えの時間だと言って出ていったぞ。あれで妹想いの奴だからな。というか声をかけてから帰ったはずだが、聞いていなかったのか」
「ま、寝てたもんね」

呆れたような顔でささにしきとにこまるが指摘する。ひのひかりはしょんぼりした様子で、ずっと机に伏せたままにしていた本を手に取った。

「勉強は苦手だ。米(まい)ったなあ」
「しかし、俺たちお米のことだけに限らず、幅広い知識を蓄えておくことは非常に重要だ」
「ささにしきさんの言う通りです。私達は先の雀の襲来で、麻雀を知らずに遅れを取りました」
「そうそう! ひのひかりも、こしひかり先輩のこと以外もちゃんと知っておかないとってことだよ!」

ずびし、とにこまるが人差し指を本に向ける。

「ううーん。わかってはいるんだけど……」
「俺たちはトップハーベスターとして、日々努力し精米精度を上げていかなければならない身だ。お前はその努力を惜しまない奴だと思っていたが、見損なったぞひのひかり!」
「まあまあ、餅ついて(落ち着いて)! ひのひかりも元気出汁(出し)なよ!」

剣呑な雰囲気になりかけたささにしきの声を遮るように、場違いなほど陽気な声が響く。

「ひとめぼれ!」
「見損なった、つまり味噌。そして溶き卵。今日のメニューは決まりだ米(よね)!」

図書室の入り口から顔を出したひとめぼれが、大きくウインクをしてにかりと笑う。

「帰ったかと思ったぞ。戻ってきたのか!」
「ああ! 俺たちラブライスはやっぱり5人揃ってなきゃな!」
「そうだ、うまくいかなくてもドン米(マイ)だ! 俺たちはラブライス! 今日もみんなまとめて炊いてやる〜〜〜〜〜!!!」

ひのひかりが高らかに声を上げる。流れるメロディと歌と踊りに合わせ、豊かな金色の稲穂が実り始める。
突如始まるラブライスのハーベストショーに沸き立つグルメたちが校庭に集まってきた。
溶き卵と味噌で味付けたほかほかの卵雑炊が、冬の寒空の下でもグルメたちの胃袋を優しく暖かく満たしていく。
もう我慢できないとばかりに、ひのひかりは図書室を飛び出し、満開の笑顔で高らかに声を上げる。

「野菜やきのこ、肉、チーズ、なんでもありだ! 雑炊はどんな具材を入れてもおいしく、最後は溶き卵が優しく包んでまとめてくれる! 俺たちはもっともっと、様々な知識を得ておいしく炊きあがるんだ!」

きゃあと歓声が上がり、満たされた顔のグルメたちがバタバタと校庭に倒れていく。今日もお米を食べてお腹いっぱいのようだ。

「あ。ただしみなさん、図書室ではお静かにしましょうね」

あきたこまちが優雅な仕草でぺこりと礼をして、図書室の扉を閉める。風に揺れる稲穂のように美しい髪をなびかせて、校庭へと飛び出していくラブライスの面々を追いかけていった。



アンソロ「恐竜、雷鳴、たまごのスープ」の執筆分