ひめごとの家
リグバースの夜。
遅寝遅起きゆえに遅くなりがちな大工見習いの仕事を終えて、オレはいつもの空き家に向かう。
忍び込むようにそっと空き家の中に入りこみ、部屋に誰もいないことを確認して明かりを灯した。
今は誰も住んでいないこの一軒家は、家具も少なく殺風景だが、オレはこの部屋が好きだった。一人になりたい時にはよくこの家で夜を過ごしたが、この頃はもう、ひとりではない。
今日も、アリスと待ち合わせだ。
互いに自分の為すべきことがある身。とはいえ恋人らしいデートができるのが休日だけというのはどうにも寂しくて、こうして仕事終わりの短い時間だけでも二人きりで会うようにしていた。わずかな時間だとしても、愛しい恋人との逢瀬には鼓動が高鳴る。
でも、この『空き家での待ち合わせ』には――少しだけ特別な意味がある。
「リュカくん、遅くなってすみません」
控えめにノックをして、アリスがやってくる。
仕事を終えたばかりなのか、Seed制服の姿だ。デートの時はもちろん、そうでなくても時間があれば、オレと二人で合う時は私服に着替えてから来てくれる。そのぶん制服姿で恋人に会うというのは、逆に新鮮かもしれない。
「おう、アリス。おつかれさん」
「リュカくんも。今日も一日おつかれさまでした」
「まあ、座れよ。アリス」
ぽんぽんと空間を叩いてから手招きすると、とことこと寄ってくる姿がかわいい。
とはいえ、人が暮らしていないこの家には、ほとんど家具がない。必然的にふたりで並んでベッドに腰掛けることになる。
いろいろと頭の中を巡ってどぎまぎしている間に、アリスが近くに寄り添って、肩に頭をのせてくる。心地良い重さときれいな金の髪が、柔らかく頬をくすぐった。そっと顔を寄せるとお風呂上がりのシャンプーの匂いがして、嗅覚から訴えられる風呂上がりの恋人の香りに思わずくらくらする。「……アリス」
そっと腰に手を回して抱き寄せると、身体同士が密着して、温かいアリスの体温が伝わってくる。
「リュカくん、その……」
顔を上げたアリスのエメラルドの瞳と視線が絡みあって、じっと言葉少なに訴えかけてくる。
「今夜は、ゆっくりしていけるのか?」
「……はい」
回りくどい確認の言葉も暗黙の了解で、返事を聞いたオレはもう一度強くアリスの身体を抱き寄せてそのくちびるに深く口づけた。
◆
――空き家に来る日は、一緒に夜を過ごす日だ。
元々は触れ合ったりキスをしたり、周りの目が気にならないように二人きりになるためにここを使っていた。それでも、これ以上は自分だけの思いなら我慢しようと決めていた。だが、ここでアリスに触れながら過ごす時間が増えていって、いよいよアリスから求められたとき、『そう』なるのは当然の流れだった。
オレたちはふたり揃って、大切な人との結びつきと自分の居場所を求めていた。家族を、記憶を――互いに自分のルーツを失ったきり、ずっと不安で。やっと思いを通じ合わせた恋人と、もっともっと深くつながりあいたいと願っていた。
――だから、いつかの夢の続きを。ここで。
初めての日の翌日、さすがに浮かれないようにとアリスから釘を刺されていたのだが、なぜだろう。シモーヌさんにすぐに呼び出しを受けてこんこんとその手の注意を言い含められ、リヴィア署長には身を固めてはどうかとせっつかれ、普段の仕事中は色恋を表に出すことなく真面目に取り組んでいるアリスも、一緒に呼び出された際にはさすがに顔を真っ赤にしてうつむいていた。
まあ、言われなくても身を固める準備はしっかり進めていくつもりだが。
それはそれとして。
署の二階に住んでいるアリスも、住み込み見習い大工のオレも、自室では人目が気になって触れ合うことはできないから、自然とこうして空き家でふたりの夜を過ごすようになっていた。
アリスの背中に手を添えて、優しくベッドへと身体を横たえてやる。事前にさりげなく新しいものに交換しておいた白いベッドシーツに、アリスの柔らかな金髪がゆるく広がった。
薄暗く落とした淡いオレンジの照明がほのかに室内を照らしていて、アリスのはにかむような表情が見えた。その瞳の奥には、どこか期待しているような色を浮かべている。ぐっとうれしさがこみ上げてくる。一番大切な人に求められると、何度でも幸福感と高揚で心が満ちていくのだ。
「アリス」
いとしい名前を呼んで、もういちどキスをする。
重たい装備を外したぶん、今のアリスが着ているSeed制服は普段よりいくらかさっぱりして見えた。
そのかっちりしたシャツに手をのばして、ボタンをひとつずつ外していく。
はだけた胸を下着越しにそっと触れると、アリスの唇からかすかに吐息が漏れた。下着を外してあらわになった双丘をしばらくやわやわと揉んで、その桃色の先端に舌を滑らせると、今度は息だけでなく、甘い声が小さく漏れだした。
しんとした夜の空き家の中で、衣擦れの音と互いの息づかいだけがよく聞こえる。
「ぁ……はっ、リュカくん……」
いつもより上ずった声で、アリスがオレを呼ぶ。その蕩けだした瞳は、じわじわと身体に与えられる刺激に夢中になり始めているようだった。―ーアリス。大切な恋人、オレだけのいとしい人。
この街でいちばんに優秀なSeed隊員で、いつも街のみんなとよく話し、笑い、誰からも好かれているアリス。そんなアリスの、他の誰も知らないところまで――オレだけが、知っている。普段この制服で真面目に仕事をしているアリスの姿が思い浮かんで、背徳感でぞくぞくしてくる。
ちゅ、と小さく音を立てて、芯を持ちはじめた突起へ、さらに舌をゆっくりとなぞらせていく。白い肌がすこしずつ熱を帯びていって、ぬるい体温がどろどろと混じり合い、自分と相手との境目が曖昧になっていく感覚。
丁寧に舌で転がし続けていくと、しなやかで引き締まった腹の上に、わずかに汗がにじんでくる。言葉にしなくても、アリス自身の体が熱をもって、はやくもっとと先を求めているようだった。
びくりと身体が跳ねて、腰を浮かせ始めたところを捕まえて、下の着衣と残っていた制服をすべて脱がせてしまう。なめらかな肢体をすこしばかり眺めてから抱き寄せて、秘所にそっと指を沿わせると、中で高まっていた熱が蜜となって、どろりと溢れ出した。
「アリス……すごい、うれしい」
「い、いわないでください……っ」
恥ずかしがるアリスはかわいい。それでも両脚を開いてすべて晒したその格好で言っても今更だと思いながら、そのまま指で割り開いて蜜をすくうように撫でつけると、蕩けた甘い声が上がった。
夜中の静謐に響くアリスの甘い喘ぎは耳に毒だ。いけないとわかっていても、もっともっと欲しくなってしまう。
「ぁっ、うぁ、ん……リュカくん、そこ、きもち、いい……」
小さな芽をやさしく擦る指の動きを繰り返す。そうして、じっくりと丹念に、アリスの身体に心地良い刺激を与えていく。
アリスは正直だ。想いを伝えるときから自分の気持ちにまっすぐだったように、夜もこうして高まった快感を素直に言葉にしてくれる。だからついつい、その言葉に応えたくなってしまう。
そのうち溢れ出す蜜がこぼれていくのがもったいなくなって、舌ですくうように舐め取ると、甘い声がひときわ大きく響く。ゆるゆると舌を這わせて芽をやさしく刺激しながら、指はぬるりとしたその中へとゆっくり差し入れていく。溢れていく蜜と唾液でどろどろに混じり合った液が、たらりとシーツへ垂れた。混じり合ってどちらのものかもわからない液体が丸く白い尻の横に、黒々と濡れ染みをつくっていく。その淫靡な光景に、ひどく高揚を覚えた。
「んぅ、あ、あっ……もっと、それ、ぇ、ぁああっ……」
ざらざらとした中を行き来しながら奥を弄ると、アリスの声に余裕がなくなっていく。ぐちぐちと濡れた音を立てて繰り返していくと、いよいよ高みに昇りつめていく。
「ぁあ、はっ……り、りゅかくん、これ、きもちいい、きもち、いっ……あぁ、ああああ、んっ――やっ、あああああっ!」
好きで、好きでたまらない。この手で触ったとおりに素直に快感を受けて悦ぶアリスが愛おしくて、この世で今以外の全部を忘れるくらい、すべてを尽くして気持ち良くしてやりたくなる。甘やかな声と吐息が、淫猥な水音が、差し込んだ指から伝わる中の熱が、蕩けてぐずぐずの瞳が――全部はじけて、嬌声を上げながら強く背中を反らす。
ああ、これ全部、オレだけのものにしたい――アリス。
「はっ、はぁ……ん、いいよ……りゅかくん。ちょうだい」
蕩けたままの瞳で見つめられながら微笑んで、求められて、とっくに膨張しきった自身が更に痛いほど主張してくる。自分も着ていた服をすべて脱いで、肌をぴたりと沿わせると、高みに昇った直後のにじんだ汗と火照った身体の温度を感じてうれしくなる。恋人が自分の行為で快感に蕩けていくのがこんなにうれしいことだなんて、想像だけで済ませていたころには全くわからなかった。
軽く口づける。そして、ゆっくりと腰を動かして、とろとろに濡れた中へぐっと自身を沈めていく。
「ん、あ…っ」
「はっ……」
あたたかい中に締め付けられて、思わず自分まで吐息がこぼれる。ゆるんだ表情を見られてしまったと目を向ければ、アリスはすごくうれしそうに、恍惚と微笑んだ。
「あは……りゅかくん、……きもちいい、ですか?」
その台詞に、ぐ、と思わず喉が締まるような、狂おしいほどの興奮を覚えた。なあ――かわいくて愛しい恋人にこんなふうに煽られて、まともでいられる奴なんているのか?
「ばっか、そんなこと言われたら――ゆっくりしてやれない、って」
言い終わるかどうかのうちに、腰を動かし始めていた。
「あ、ちょ、あっ……」
もう我慢できない。これ以上ないくらいの快感で――めちゃくちゃのどろどろのぐずぐずになるまで、蕩けさせてやりたくなった。
「なぁ、アリス、いっぱいしてやるから……気持ちよく、してやるよ」
「ん、ぅああ、りゅか、くんっ……あっ、ああああ、きもちい、きもちいいよ……」
「あぁ、アリスっ、かわいい……好きだ、」
「わっ、わたしも、……り、リュカくん、が、すき、すきぃ……ぅあ、あっ、あああ……だいすきだよ、ああああっ……だい、すきぃっ、やぁっ……んっ、ああああああっ!」
律動に合わせて、アリスがまた甲高く甘い声を上げて果てる。より深いところを探りあてて突いていくと、もっと高く、叫ぶように快感に呑まれていった。そんなアリスが愛おしくて、何度も何度もそこを攻めてしまう。
「あぁ………もうっ、だめ……だよ……んんっ」
快感に喘ぎすぎて疲れてきたのか、ぜえぜえと荒い息を吐いて、アリスが懇願する。そのいやいやと涙目で首を振るしぐさがかわいくて、心の中の天邪鬼が顔を出してきた。ちょっぴりいじわるに敏感になったところを擦ると、きゅっと中を締め付けてきて、その素直な反応にまた愛しさがこみ上げてくる。
「あっ、もう、それ、だめなのにぃ……ぅう、ふっ」
「ごめんごめん、悪かった……オレも、もうすぐだ」
こぼれてきたアリスの涙をぬぐって、頭を撫でて落ち着かせる。ぽんぽんと触れるついでに髪の毛を軽く手ぐしで梳いていく。そうして、自分もふぅと一息ついてから、今度は少し激しく腰を打ち付けていく。最後もアリスとふたりで、一緒に気持ちよく高まって、果てたい。
静かだった空き家にふたたび、快感を我慢しきれずに漏れるアリスの甘い喘ぎ声が響く。腰の動きに合わせてかすかにベッドフレームが軋む。身体とシーツの布がこすれる衣擦れの音、ぐじゅぐじゅと跳ねる秘所の水音。わずかにカーテンの隙間から差し込む月の光にアリスの白い肢体が照らされて、すっかり汚れたシーツとのコントラストが淫猥なワンシーンを描き出していた。
「りゅかくん、りゅか、くんっ……あ、ああっ、や、もう、わたしぃ、あっ」
「アリス、アリスっ……く、ううっ」
「りゅかくん、いいよっ……あ、ああああああ、あああっ」
アリスの声が高く上がるのと同時に、中から自身を引き抜いて精を吐き出す。
はぁはぁと荒い呼吸が整わぬまま、心のままにアリスをぎゅっと抱きしめる。わ、とちょっと驚いていたけれど、アリスはくすくすと笑いながらオレの背中に手を回して、強く強く抱きしめ返してくれた。
――ああ、きっとまたこの空き家に来るたび、この光景を思い出して事に及んでしまう。こんなに幸せな行為を、大切でいとしいアリスとふたり、何度も何度も身体も心も通わせられるなんて。うれしさと幸福感と興奮と高揚でオレの頭もぐちゃぐちゃになってしまったらしい。
快感に疲れ果ててそのまま眠り込んでしまったいとしい恋人の頬に、おやすみのキスを落とす。本当に、大人たちから言われたとおりにはやく結婚したいなあ、と近い未来の夢を思い描いているうちに、腕の中の恋人とともに眠りにまどろんでいった。