帰り道はいきどまりの行方
駅の階段を上り終えた先で、うちのかわいいニートちゃんが待っていた。 「おかえり」 「つかれた、荷物持って」 「はーい」 「おなかすいた」 「あ、今日のごはんなに?」 「鍋」 「えぇーまた!?」 「うちは冬の間は鍋って言ったでしょ。文句あるなら自分で作るか家帰りなさいよ」 「君とごはんが食べたいの!できれば鍋じゃないやつ。もう春でしょ」 「確かに一昨日から白菜高いなぁ」 「そうでしょ、僕さぁ君のハンバーグとか食べたいな」 「また手間かかるものを……あんたは一人暮らししたことないからそういうこと言えるんだ、たまには自分で作ってよ」 「僕、料理なんてできないもん」 「やってみたら意外とできるかもしれないじゃん。男の人って結構凝った料理作るタイプ多いらしいしさあ」 「え」 「えっなに」 「ううん」 「……」 「女子力が足りない!とか言われると思ってたから、急に男扱いされてびっくりしたっていうか……」 「ちょっと、こっちが恥ずかしくなるようなこと言わないで」 まっすぐ顔を見れなくて、思わず視線を逸らした。 けれど、向こう側から返ってきたのは「でも君に作ってほしいんだもん」って甘えたような言葉で、あの子は一体いまどんな顔をしてるんだろう、なんて一瞬でも考えたのが馬鹿らしくなってしまった。 「甘やかされて育った末っ子はこれだから! 一人で生きていけないよ」 「いいもん一人でなんて生きないし、ずっと誰かに面倒みてもらうから」 「あっそ、がんばって寄生先探して」 「ひどい言い方するよねー! 自分だって同じなくせにさ」 「あ、私に寄生してる自覚あったの」 「その言い方やめてってば!」 「ちょっと、ふらふらしないでちゃんと歩いてよね」 「眠い」 「あーもう……」 左側をあるくあの子の、余し気味にたるんだパーカーの袖をそっと指先でつかむ。ちょっぴり甘えたポーズをしただけのつもりだった。 すこし間を置いて、迎えられるように右手が伸びてくる。ぎゅっと握られた手はいわゆる恋人繋ぎで、思わずひるんだ私の手を逃がしてはくれない。 重い荷物もなんなく持ってくれるところとか、繋いだ手の大きさとか、さりげなく車道側を歩いてくれるところとか。そういうちょっとした振る舞いに気付くたび、ああ、男の子なんだなって意識させられてしまう。 「ねえ。僕たち、いまどんなふうに見えるのかな。恋人同士に見えるかな」 「……どうかなぁ。もしかして保護者と子供とか」 「……どっちがどっち?」 「この話はやめにしよう」 「あのさ、僕たち付き合ってないんだよね」 「付き合ってないよ」 「一緒に住んでるのに」 「週の半分くらいだけね」 「そこそこ長いお付き合いなのに」 「いつかちゃんと好きになれる人ができたらもう来るのやめなよ」 「このままじゃダメなの?」 「トド松には幸せになってほしいから」 『恋人として付き合う気はないの』なんて、もし言えたならよかったのに。 「君もヒモ男にひっかからないように気をつけなよ」 「トド松がそれ言うの?」 おかしそうに笑う君の声に、思わずこぼれそうになる涙をこらえて、作り慣れたいつもの笑顔を返した。
ヒモとATM。 曖昧な関係を一度はじめてしまったらずるずるいきそうだなという話。トド松は勝ち戦しかできない子だから結果の見えない勝負に挑むことはできなくて、流されやすい子だからそれなりの現状がこのまま続いていくならそれをわざわざ壊してまでそれ以上を求めようとはしないと思う。 トド松の内心は半同居は居心地もいいし好きだし、これは恋かもしれないと薄々気づいてはいるけれど、それを認めてしまったらこの曖昧な関係でいるのが辛くて、自分も相手もごまかしながらなあなあの関係を続ける方を取ってしまう。 彼女側も基本同じ気持ちでいるけれど、こんな不健全な関係を続けている自分とどうにかなるよりも本当にどうしたってごまかしきれないような恋をしてなりふりかまわずぶつかれる相手をみつけて幸せになってほしいと思っているから踏み出せなくて、このままごまかされて終わろうと思っている。 友達、同居人、扶養関係、そういう言葉でごまかしがきくラインのことしかしてない。決して恋人になれない子たちのはなし。