神様が死んだ日


どこで間違ってしまったのか、なんて、ここに至っては無意味な問いなのかもしれないと思う。

閉めきったカーテンの隙間から差し込んだ日差しが、彼女の薄く白い腹部を細く照らしていた。
小さな部屋にこもる空気は湿り気を帯びていて、汗とフェロモンの香りがたちこめる。
見慣れたはずの制服姿を見る影もなくはだけさせて、なめらかな肢体を露わにした女の子が僕の身体の下に横たわっている。腰を動かすたびにあがる切なげな喘ぎ声、彼女の喉から漏れ出る快楽の悲鳴。かわいらしい高い声が僕の身体の動きにあわせて上がるたび、頭の奥が甘く痺れる。
乱れた長い髪の毛のむこうに、トレードマークの猫耳カチューシャが無造作に放られていた。

憧れていた女の子。キュートなアイドル。薄暗いビルの地下で、それでも懸命に高みを目指す、僕のような一介のファンの手など決して届くことのないステージに咲く高嶺の花。
彼女のことをにゃーちゃんと、僕は呼んでいた。

ファンとして応援する気持ち、かわいらしい彼女を愛でたいと思う気持ち、それから一般的な男性がアイドルに抱くであろう相応の性愛の思い。それが現実味のない妄想にすぎなくたって、僕が彼女のことを好きだと思っていたのは間違いないことだ。
それが、交わるはずのない道が交わって、彼女と僕は巡りあって。
そして、僕の大切な女神様を撃ち落としたのは、僕自身だ。

彼女を追いかけて過ごした日々のことが、走馬灯のように蘇る。
辛い日も悲しいことがあった日も、彼女の歌を聞けば元気になった。お金をやりくりして物販に行っては日々増えていくグッズの数が誇らしかった。ライブと聞いてはチケットの当落に一喜一憂した。握手会で交わせるたった数十秒にたくさんの思いや願いを込めた。にゃーちゃんのことが大好きで、頑張っているにゃーちゃんのことを、僕は応援したかった。
駆け巡るあの日々のことを思いながらも僕の身体は動くことをやめられなくて、甘い喘ぎが脳を溶かしていく。快感が思考をまっしろに塗りつぶしていく。もうなにもわからない。伝わる熱とやわらかさだけが僕のすべてを支配する。
ごめんなさい、と心のなかに浮かんだ気持ちは、誰に向ければいいのか見当がつかない。穢された僕の神様へ、それともそんな神様を信じ続けていた昔の僕へだろうか。
今やめればこのまま元に戻れるかもしれないという気持ちを諦めたのはどの段階だったのだろう。いよいよまともに動かなくなった思考を放棄する。

最後に、彼女と初めて会った日のことを思い出した。
ハロワの帰り道、街角でライブの開催を知らせるチラシ配りをする彼女の懸命な横顔と笑顔。
あんなふうに、憧れたものに向かって進みたいと、その勇気をもらったのはあの日の彼女。

さようなら、僕の憧れ。大好きなにゃーちゃん。
息を切らしながらついに達した僕の身体の下で、見知らぬ猫が鳴いていた。