流れ星たちのねがいごと


あの日僕たちは、宇宙を駆ける双つ星になった。

◆

海と見紛うほどに遠く広がる湖の、遥か彼方の水平線のむこうに太陽が沈んでいく。
清らかな水をたたえたみなもは風に揺れるたび小さく水音を奏で、きらきら、夕焼け色を反射して光る。
ハルは僕の肩にもたれて、青いパーカーによだれを垂らしながらすやすや眠っている。
僕はハルの手を握り、しずかな寝息を聞きながら、ゆっくりと沈んでいく夕日をぼんやり見つめていた。
僕たちをここに連れてきてくれたはずの父さんは、今日もいつものように、僕たちを置いてどこかに行ってしまった。仕事でいつも忙しそうにしている負い目でもあるのか、たまの休日には思いついたようにテーマパークや観光地へ連れて行ってくれる。けれども、あのひとはひとたび電話が鳴ると仕事に逆戻りだ。電話を取って、そのままどこかに行って、そうして、それきり。
父さんがいなくなって、泣き出してしまうハルを宥めるのはいつも僕の役目だった。だけれども最近はハルだってもう泣いたりしない。毎回泣いてたら涙が枯れて尽きてしまうくらいに、そんなこと、もう何度も繰り返してきたんだ。
「……あき?」
むにゃむにゃ、はっきりとしない声を出しながらハルが目を覚ます。
辺りを確かめるようにきょろきょろと見回す。
「まだ帰ってきてないよ」
「ふうん。そっか」
ここにはもう、僕とハルのふたりしかいない。
ハルもそれをわかっていたみたいに、諦めたような顔で、僕と同じように沈みかけの夕日に目を向けた。

――眉難ランドでの、あの日。
ステージの前に座って、ちょうどヒーローショーが始まって。終わるまでここでおとなしく見てるんだよ、ってそれだけ言い残して父さんはどこかに行ってしまった。僕たちはそんな言いつけをお行儀よく守っていたから逃げなかったわけじゃない。本当に怪人が現れて僕たちを捕らえるまで、いつもどおり、ヒーローも怪人もその中でおとなが演じているだけの、ただのつくりものの子供だましなんだと思っていたからだ。
あの頃の僕たちはとっくに知っていた。世界は怪人だらけで、そのくせテレビやショーに出てくるようなかっこいいほんとうのヒーローなんていなくて、僕たちを一番に愛してくれるはずのひとはけっして側にはいてくれないこと。
僕たちはふたりで互いに互いの手を握って、ほら僕たちはちゃんと愛されてるんだっていつも確かめあっていた。ふたりいるからさみしくないって言い聞かせて両手を結んだ。ほんとうはふたりまとめて愛してくれる誰かのことを、ずっとずっと待っていた。
だからそんな僕たちは、あの奇跡の出会いに一瞬で恋焦がれた。
だって。
あの日、怪人に連れ去られそうになった僕たちのことを守ってくれたのは、父さんじゃなくて、ゴウラーだった。

ついにすっかり日も沈み、辺りが暗くなってくる。僕たちだけがこの湖畔にいる。父さんはまだ帰ってこない。
ハルの手を握ると、優しく握り返してくる。風に揺れるさざなみの音が耳に心地良い。
遥か遠くまで広がる大きな湖は夜を迎え、深い暗闇をたたえて、宵の空に浮かぶ星々を映し出す鏡になる。
この湖が『星の湖』と呼ばれる理由だ。
晴れ渡った日の夜にだけ見られる、静謐で美しい景色。
星々が照らしてくれなければ、飲み込まれてしまいそうな水鏡。それはかつて故郷を離れるロケットに乗った時に見た、果てしない宇宙のようにも見えた。
鏡写しの星々のどこかに、かつて僕たちが暮らした地球もあるのだろうか。
傍らにしゃがみこんでいるハルが、水面に浮かぶ星をゆびでなぞっていく。
「ゴウラーにも、届くかなあ」
「届くよ。ちゃんと届けるんだ」
励ますように言い聞かせた言葉は、決意にも似ていた。

あの怪しげなモモンガが窓から飛び込んできた日から、僕たちはよくよくふたりで話し合って決めた。
僕たちはこれからアイドルになる。
ダダチャと名乗ったモモンガが何を考えているかはわからない。僕たちをダシにしてお金儲けをしたいのかもしれないし、ただ騙されているだけなのかもしれない。それでも手段があるなら構わないと思ったのだ。あいつはきっと、僕たちを有名にするために手を尽くしてくれるだろう。ギブアンドテイク、上等だ。僕たちが持っているすべてを差し出してもいい。
僕たちは他の誰よりも輝くアイドルとして、きらきら輝く星になって、ゴウラーにもう一度会いに行く。
「ゴウラー。いつか聴いてね、僕たちの歌」
与えられたばかりの課題曲のメロディーを口ずさむ。揺れる体がリズムを刻む。
声を揃えて歌っていたハルが立ち上がり、習いたてのステップを踏みながら楽しそうに舞い踊る。
「アキ、ここでやってみようよ!」
屈託ない笑顔のハルが、僕を手招きした。

幻想的な鏡写しの夜空、揺れる天の川のステージ。みなもに映る星と空に広がる宇宙の間。
無数の星がきらきら輝く中で、とびきりの一番星を探す。僕たちの憧れの一等星を。
「僕たちはギャラクシーアイドル『VEPPer』です!」
「これからすっごく有名になって、絶対に地球まで届けるからな!」
誰もいない湖畔の舞台に一言ずつ挨拶をして、たったふたりきりのライブが始まる。
大きく息を吸って、僕たちの初めての曲を歌い出す。まだつたないダンスで水鏡に映る星々の間を駆け回る。
ゴウラーがわんぱくでもいいって言ってくれたから、足元でぱちゃぱちゃ跳ねる水に靴が濡れても気にしなかった。
ねえゴウラー、僕たちいっぱい練習して強くたくましくなるよ。次に会ったときにほめてもらえるように。
――僕たちのゴウラー、憧れのひと。いつかきっと僕たちを見つけてね。
星空の観客席に向けて、いまはまだちいさくて未熟な歌声を精一杯響かせる。
遥か遠くの地球まで届くように、願いを込めて。

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「『宇宙を旅する流れ星ツアー』だってさ」
「えーと、さすがにちょっとダサすぎないか?」

◆

『では最後に、VEPPerのおふたりから、応援してくれるファンの方へ向けたメッセージをお願いします』
『はい、今日はありがとうございました。僕たちのことをこれからも応援していただけたら嬉しいです』
『待ってるから、いつでもライブに来いよ! 俺たちを信じてついてこいよな!』
きゃあっと黄色い歓声が上がる。つくりものの笑顔と台本通りのセリフにいちいち歓喜するファンたちのことを、内心冷めた目で見ていた。笑顔、嘘、欺瞞。それが近道なら手段は選ばない。少しずつ名前が売れ始めて、掴み取った仕事は全力で取り組んだ。地道な練習を繰り返し基礎を積み上げて、アイドルとしての実力をつける一方、ライバルを蹴落としファンに媚を売って知名度を上げていった。
あのころ、僕たちにとってアイドルは手段だった。アイドルに対する愛なんてひとつもなかった。
ーー今は、すこしだけわかった気がする。
幼い僕たちの中にアイドル活動に対しての愛はなかったけれども、ただ、もしひとつだけ言い訳させてもらえるならば。
どんなに苦しくても、誰よりも輝くアイドルになりたいという願いーーその根源は、あの星の湖で踊った日からずっと変わらない、ゴウラーへの憧れと愛だったんだ。

「あのころゴウラー以外のことは全部どうでもよかったのにねえ」
「まあ、俺たちも変わったしな」
「あれで正しいって思ってたんだよね、昔は」
「俺もそうだった。だってあの頃は人気取ることしか考えてなかったし? 強羅さんにはやく会いたくて仕方なかったの俺すごい覚えてる」
気が抜けた僕の脈絡のない思いつきみたいな発言も、ハルは意外とまじめに聞いてくれる。そういうところが素直でかわいいなあと思う。本人に言ったら嫌がるから、言わないけれど。
「なんか、昔のこと思い出しちゃうよね。仕事で辺境の星まで行くなんて」
「地方巡業のことか?」
「そ」
「あんまり思い出したくないけどな。――さみしくて、苦しかった」
「……そうだね」
飾らずに弱音を吐くなんて珍しいけれど、そのくらい、まだ子供だった僕たちには背負いきれないほどに重たかった。忘れられない記憶だ。
僕たちがまだ何者でもない下積みのアイドル候補生だったころ。たくさんの似たり寄ったりの見目麗しい少年たちとごちゃまぜになりながら、車や電車、ときには宇宙船に詰め込まれて、いろんな仕事に駆り出されていた。十把一絡げの賑やかし要員として大したリハも衣装もなくステージに立たされるから、他の誰かに目移りされないように、見つけてもらえるように、あわよくば応援してもらえるように、必死でアピールした。
ファンや人気は、他の少年たちから奪い、また奪われるものだった。双子だからというだけの理由で観客の視線を集められるメリットはあったけれども、その分だけ妬みも買った。学校に馴染めなかったのと同じで、僕たちはどこに行っても似たような爪弾きものでしかなかった。価値のないものはすぐ変わりに取って代わられる残酷なショービジネスの世界が、幼いこころと身体を容赦なく擦り減らした。僕たちはおとなの都合の良い道具。この業界には掃いて捨てるほどいるちょっとばかり顔の綺麗なアイドル志望の少年のうちのふたり。所詮は代わりのきく使い捨ての商品だった。
(ぼくたちに向けられるたしかな愛がほしかった)
油断すればすぐにすべてを奪われる世界で生きることに焦っていた。愛とは油断すれば知らない誰かにあっさり奪われて他のところに向けられてしまう、自分勝手で儚いものだ。ファンの愛もーー父の愛も。のんびり下積みしているうちにゴウラーの愛が知らない誰かのものになってしまうことがどうしようもなく怖くて仕方なくて、だからはやくはやくと、必死に急いでいた。
だけれども現実はそう甘くなくて。なかなか仕事も決まらず、思うようにならない毎日を過ごしていた。
(でも、きっとあと少しだから)
それは笑顔を保ち続けるために自分自身に言い聞かせる、魔法の言葉だった。


わずかな胸の痛みとともに思い起こされるかつての記憶に、ふたりの会話が途切れる。
一瞬の静寂。
ふうとひとつ息をついて、なにかを覚悟したような表情でハルが正面の僕の目を見て向き直り、口を開く。
「ところで、アキ」
「なにかな、ハル」
「真面目な話だ。俺、気になってることがあるんだけど」
「うん、実は僕もだ」
「俺たち、いつからこの電車に乗ってた?」
「そう。それそれ」
いつのまにか座っていた電車のボックス席。どこに向かう電車かもわからないが、どうやらこの電車は地球にあるそれとは違い、星と星の間を移動するための乗り物、宇宙船と同じ形態のものらしい。窓の向こうに広がるのは深く暗い宇宙、時折浮かんでいる星が放つ明かりが灯篭のように赤や青の光で彩っていて、果てしなく伸びる線路の先を虹色に照らしていた。
「ていうかなんだこれ! 俺たちいつの間に宇宙?」
経緯もわからず記憶もないまま宇宙を走る電車に乗っている。地球生まれ宇宙育ちのギャラクシーアイドルでさえびっくりの事実だ。僕たち、ちょっと宇宙で暮らしてただけの一応普通の地球人だし。あの超常現象とは縁遠い存在だ。
「もしかしたらき*らぎ駅かと思ってちょっとだけワクワクしてたんだけど、宇宙に行くんじゃ違うみたいだね。残念」
空気を和ませてあげようといった程度のちょっとした冗談だったのに、ハルが信じられないものを見るような目でこっちを凝視するので、少しだけ傷ついた。もし本当にあったら面白いなと思ってるだけで、都市伝説にそこまで期待してるわけじゃないんだけど。え、あったら面白いよね?
「まあいいけどさ……。なんだろうな、これ」
呆れたように深めのため息をついて(なんだか納得がいかない)、ハルが一枚の紙切れをぴらぴらと振った。最初にこの電車に乗っていることに気づいた時から、見慣れない『銀河鉄道☆宇宙を旅する流れ星ツアー☆』のチケットをふたり揃って握りしめていた。先ほど歩いてきた車掌にわけもわからずこれを差し出してみたら、はんこを押されて戻された。ダサいネーミングのタイトルがダサいフォントで印刷されたこのチケットが、どうやらこの電車の乗車券でもあるらしい。ただ、行き先の文字だけはなぜか滲んだようにぼやけていて、いくら目を凝らしても読み取れない。
「なんで読めないんだ。あれか? もしかしてコードなカガクギジュツってやつか?」
「発音がユモトと同じになってるよ、ハル。でも否定できないね」
ひっくり返したツアーチケットの裏面に羅列されている、いくつかの協賛企業の名前。その中には、ダダチャが懇意にしているあの見知ったテレビ局の名前があった。因縁というよりは、もっと直接的なーー裏を感じざるを得ない。
「え! はやく言えよそういうことは!」
「僕だっていま気づいたんだ」
こんなふうに不思議現象をなんでも宇宙人のせいにする風潮、宇宙育ちの僕たちとしてもちょっとどうかとは思うけれども。でも、なにせあのテレビ局のがめつさは嫌というほど知っている。どんな無茶苦茶も視聴率のためならやりかねない。それなら、わけのわからないこの現状にも妙な納得感がある。
「まあ、行くあてもないし、下手に駅に降りちゃって迷うのも怖いし。とりあえずはこのまま、運ばれてみてもいいんじゃない?」
どこかもわからない終着駅まで。

気だるい声で車内アナウンスが流れたけれども、肝心なことはなにひとつ教えてくれなかった。

◆

忙しい日々が続くアイドルとしては久しぶりの、誰にも邪魔されない時間。
気ままに宇宙を走る銀河鉄道は、虹色の線路に乗って、ゆっくりと進んでいく。

しばらく乗っていてわかったけれども、この不思議な電車は僕たちに合わせて動いてくれるらしい。
とある星で停車したすきに降りて様子を見てみたけれど、僕たちが戻るまでは勝手に発車する様子もない。
そして、停車する星にはなぜか僕たちのファンがたくさんいた。戸惑いつつも嬉しくて、握手やらサインやらを求められるままにサービスした。時には駅前のライブハウスでゲリラ的に数曲歌ってみたら、ファンを狂乱の渦に叩き込んでしまった。
訪れた人々は口を揃えてこう言う。
『来てくれるのを、待っていた』と。

公演後のお見送り。昔は作り笑顔が大変だったし、売れてからはあまりやっていなかったけれども、今は結構好きだった。みんな、口々に感謝や好意をまっすぐに伝えてきてくれる、感極まってしまい涙を流す人もいる。見る人の心を震わせるパフォーマンスができているのだと実感して、むずがゆいけれども、やっぱり嬉しかった。幸せそうになファンたちの顔を見ながらわずかでも言葉を交わせるこの時間は、儚くも愛おしい。
「ねえ、どうしてそんなに僕たちのことを待っていてくれたんですか?」
同じくらいの年頃の温和そうな青年に尋ねる。
「ひ、ひえっ、ああああアキ様!?」
悲鳴みたいな声を上げて顔を赤らめる青年のあまりの動揺っぷりにこちらまで驚いて、つい尋ねてしまった。
「あの……僕たち確かにアイドルやってるけど、すごく有名ってわけでもないし、そもそもここにライブに来ることなんて全くお知らせしていなかったでしょう。それなのにどうしてみんなこんなに、僕たちのために集まってくれたんですか?」
「ああ、ええと、それはですね。ここにいる人たちはもうすぐ全員ここを去るからです」
ひいふう、と深呼吸してすこし落ち着いた様子の青年は、どこか悲しそうな微笑みで教えてくれた。
「あの虹色の線路を走る電車に乗っていらっしゃったと思いますが、アキ様、そちらから見られましたか? この星の輝きは、暗いでしょう。もうすぐ死ぬ星なんですよ」
「死ぬ、星」
つい半刻ほど前までライブで歓声を上げ沸いていた彼らから出てくる言葉とは思わず、つい言葉に詰まってしまった。落ち着いて聞いたことを理解する。この星がもうすぐ死ぬと、青年は言ったのだ。
「はい。だから、ここにいま残っている人も、いずれは全員、どこかへ移動するのですよ」
「そんな……」
せっかく訪れてこうして触れ合った人たちが、近い将来、散り散りに遠くに行ってしまうと思うと寂しさがこみ上げてくる。
ふらりと立ち寄っただけの僕たちのために集まって応援してくれた、こんなにたくさんの愛をくれた人たちが。
「だからです。これから新しい星に旅立つ僕たちにとって、アイドルは縁起物ですから」
「縁起物?」
「ええ。だって、アイドルってスターでしょう? これからまばゆく輝いていくであろう、希望の光ですから」
――アイドルの愛。愛したぶんだけ愛されて、いつまでも続いていく愛の螺旋のこと。眉難高校の騒がしいヤツラが叫んだ言葉を、いまこんなところで思い出してしまう。
アイドルとして今までもらったぶんの愛を返していきたいと、そう思った矢先に返す機会を失ってしまうなんて、非情な。
「せっかく楽しいライブの後にこんな話をお聞かせしてしまってすみません。でもいつかまた、アキ様とハル様に会いたいです」
こんどは悲しみの表情ではなく、素直な笑顔で再会を望んでくれる彼に、なおさら胸を締め付けられる。
ただでさえ、いつの間にか乗っていた銀河鉄道とやらでたどり着いた星だ。なんとなく感じていた。この旅路で出会った人や降り立った星はきっと遥か遠くの夢の出会いなのだと。そうであればなおさら、もう間もなく死にゆくと住んでいる者の口から語れるこの星には、もう二度と来ることはできないのだろう。
この青年も行ってしまう、宇宙に無数にある星のひとつに。来た道すらよくわかっていない僕たちが見つけるには、あまりにも遠すぎるどこかへ。
もう二度と会えないかもしれない。
「アキ様ーーもちろん、ハル様にも。この星の最期に出会えたあなたたちのこと、これからもずっと応援しますから。だからきっといつかもう一度、会いに行きますね」
それでも。
「――うん。きっと、会いましょうね」
声が震えてしまわないように、精一杯に凛と背筋を伸ばして、笑顔の彼にほほえみを返す。はい、と彼は嬉しそうに笑った。長く話しすぎて他のファンに申し訳ないからと、そそくさと立ち去っていく彼の背中を見つめる。
これが今生の別れなんて思いたくなかった。たとえ叶わないかもしれない夢であっても諦めるわけにはいかない。僕は彼に再会を約束しよう。そんな約束が胸に灯したたったひとつの希望になり、ひとのこころの支えになることもあるのだと、僕たちは他でもないゴウラーに教えてもらったんだから。
僕はアイドルだから。
希望の光で、星だから。
もう一度、僕は彼の背中に向かって、約束する。
「いつかまた、会いましょう!」
幼い僕たちがゴウラーにしてもらったみたいに、今度は僕たちが、誰かの星になれるように願って。
遠くで一瞬だけ振り返った彼の姿は、すぐに雑踏に飲み込まれ、かき消えてしまう。すこしだけ、泣いていたようにも見えた。



◆

「もしアイドルになってなかったら、今頃どうしてたかな」

アイドルになってから、時折こういうことを考える。
我ながら、『普通の男の子の人生』に未練がある方ではないと思う。故郷を離れ宇宙の遠い星の見知らぬ学校に転校し、田舎者と同級生にからかわれて過ごした日々は、けっして楽しいものではなかった。むしろ学校という狭い日常を飛び出して生きる道があることを教えてくれたショービジネスの世界は、つらい世界である一方で、夢を追いかけている充実感を与えてくれる一縷の望みでもあった。
そんな僕ですらたまには考える。ハルとの会話の中にも幾度となく出てきた。もしアイドルじゃなかったら、僕たち一体どうやって生きていたのか、って。
「久しぶりだな、それ」
昔はよく話したよな、とハルもおもしろそうに身を乗り出して話に乗ってくる。
「そうだなー、やっぱりまた強羅さんに会えたから悔いはないな。アキもだろ?」
「うん、それまではずっと不安だったけれど、それしかなかったからね」
強羅さんに会いたかったからアイドルになる以外の道なんて考えたことがない。手段でしかなかったのだ。
はじめは、ゴウラーに見つけてもらうため。次は、ハルと一緒にいるため。VEPPerはそのためのカタチでしかなかった。そのはずだった。
僕とハルと、ダダチャ。
3人で作ったVEPPerというアイドルユニットは、思い返せば疑似家族のようなものだった。ふたりきりでふたりぼっちだった僕ら双子にダダチャが与えてくれた、僕たちの在り方。
ずっとずっと、ふたりきりの世界で生き続けていた。
友達もろくに作らず、きょうだいだけで遊んでいたことを周囲の大人たちはあまり快く思っていなかったようだった。喋らなくても思いが通じてしまう僕たち双子の閉じた世界。いつか大人になったら別々のひとりで生きていかなければいけないのだと、大人たちは諭すようによく言い聞かせてきた。
でも、それでも僕は、いつまでもハルとずっと一緒にいたかった。
「でもそれだけじゃなくて、有名になってファンもいっぱいついたし。CD出してライブして、アキとずっと一緒に歌って踊って、俺、けっこう楽しかったよ」
口が悪くて照れ屋だけれども根は素直でわかりやすい。屈託なく笑うハルのその顔が、僕は結構好きだったりする。
ふつうの双子だったらきっと、互いに知らない友達がいて、互いに知らない時間を過ごしていたのかもしれない。知らない誰かとむすんだハルの片手をいまでもふと不安に思ってしまうような脆すぎる僕のこころは、そのとき、どうなっていたのだろう。
でもそんな僕の不安を慈しむみたいに包み込んで、VEPPerという名前が、僕たちふたりをひとつにしてくれた。
ふたりでひとりだった僕たちは、アイドルになって、VEPPerという双つ星になった。僕たちは二人で共に高みを目指すためのアイドルユニットとして、いつまでも一緒にいることを許された。僕たちはいつまでも共にステージに立ち、多くのファンに愛を届ける。
「僕もだ。ずっとこうやって歌い続けられたらいいのに、って思う」
言葉に偽りはない、今は素直にそう思う。
みんなが『僕たち』を表すその名を呼んでくれる。ふたりまとめて愛してくれる。
手段だったはずのVEPPerは、アイドルは、いつの間にか僕たちの幸せになっていた。


『ええ。おほん。これから星間トンネルに入ります』
久しぶりに流れる気だるい声の車内アナウンスは、いよいよ眠たそうな声をしていた。

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正直に言えば、少しだけ後悔していることがある。

ずっと、愛が欲しかった。
幼い頃にいつか見た一等星だけがただ愛しくて、欲しくて、夢中だった。
僕たちはあの頃からアイドルだったのに。人々から愛されるための存在だったのに。
愛なんてたったのひとかけらも込めずに嘘と欺瞞で塗り固めて作り上げた僕たちを、それでも皆は愛してくれていたのに、それに気づかないままだった。思い返すたびに悔しくて仕方ない。
ああ、だって、もっとはやく幸せになりたかった。

右脚がちりちりと痺れる。不安そうに、なにかを知らせるみたいに。


ほしは、あこがれ、ゆめ、きぼう、

◆

トンネルを抜けた先には、星の海が広がっていた。その景色には見覚えがある。
幼い頃に父が連れて来てくれた『星の湖』。その湖畔は、アイドルになることを決めて、はじめてふたりで歌い踊った舞台だ。
日が沈んだばかりの薄暮の空に星が輝き始めている。
「ああーー懐かしい」
場所も時間帯も同じ。思い出の中のそれと比べても、そっくりそのままに思える。
ノスタルジーすら感じる光景を目の当たりにして思わず零した呟きに、ハルも頷く。
「俺たちの、はじまりの場所だな」
あのころは湖の水際で誰もいないふたりだけのライブをしたけれど、そこだけは違っていて。
いま、その先には僕たちのために用意されたステージがあった。
興奮でぞくりと身体が震える。

まもなく終着駅、と車内アナウンスが流れ、僕たちはいよいよ降車の準備を整えた。

「終着点がここなんて、ほんと、とことん俺たちのための旅だな」
「なんなんだろうね。実際、久しぶりに来られて嬉しいけれども」
「またここもライブしていいのかな。よっ、と」
ぴょんと軽く跳ねるように、ハルが駅のホームに降り立った。
涼しい風が吹いて、ほのかに冷たい空気が袖口から服の隙間を通り抜けていく。
「ううっ、さむい」
「湖だからね、基本的には涼しい気候だよ。昔も夏休みに来たでしょ、ハル、覚えてないの?」
「ええー。そうだっけか?」
「そうだよ。調子乗って跳ね回って水で靴びちょびちょにして、ハルったら帰りに寒すぎてブルブル震えてたんだよ」
「なっ、それはアキもだろ?」
「なあんだ覚えてるじゃん」
「思い出したんだよ!アキ、もし俺が覚えてなかったら騙すつもりだったのか!?」
ごめんってば、とムキになって噛み付いてくるハルをあしらいながら、僕は辺りを見回した。
子供のころに見た景色と、細部は変わっていれども広大な自然の地形はそのまま同じだ。僕たちが乗ってきた電車とは違う、いつもの現実的な交通手段もちゃんとあるし、ここは今まで巡ってきたフワフワとした星々とは異なり、確かに現実に僕たちが訪れたことがある土地であるように感じられた。
なんだか不思議な体験だったなあと他人事みたいな気分になりながら、ゆらゆらと水底へ続く線路を眺めていた。
虹色の線路の終着点となる星の湖の駅のその先、線路は沈み込むように、湖の中へと続いている。
「結局なんだったんだろうな、この電車」
隣にいるハルも、不思議そうな顔で水底の線路を見下ろしている。
「なんだろうね。でも、悪くない旅だったと思うよ」
「あはは、そーだな!」
謎の電車とチケット、遥か遠くの星での出会い、辿ってきた道のりを思い出す。
なんだかおかしくて、くすくす、ささめくように、ふたりで笑った。

「やあ、君たち」
「ーー旅は、楽しかったか?」

星の湖の水際に立ち、不意に声をかけてきた二人組の姿はーー僕たち自身だった。
否、『違う』。自分自身が目の前にいるという衝撃以上の、強烈な違和感。
確かに僕たちのはずだけれど、今の僕たちの、高校二年生の姿と比べると歳は十ほど上だろうか。すこしだけ体格がよくなり、顔つきは落ち着いていて、おおよそ高校生には見えない。未来の自分とハルが目の前にいる。
これは何だ、都市伝説にでも行き逢ったのだろうか、ドッペルゲンガーか。いつのまにか乗っていた電車のような、不思議な超常現象のひとつだろうか。あるいはドッキリか何か。テレビなら腹は立つけれどもバラエティの画にするにはもう十分驚かせただろう、ねたばらしのフリップを持ったスタッフがいまにも現れるはずなのに。誰も何も、現れたりしない。
ああ、手足から血の気が引いていく感覚。せめて倒れてしまわないよう、深く呼吸をして意識を保つ。ちりちりと右脚に小さな痺れを感じた。
その痺れの奥底に潜む痛みに気づいて、そのとき、記憶の引き出しがわずかに開いた。

「アキ?」
「ねえ、ハル、僕たちなんで忘れてたんだろう」
なんで忘れてたんだろう。
僕たち、今日ライブするんだ。
ポケットの中を乱雑にまさぐる。ズボンの右ポケットから、この電車に乗っていたときから持っていた乗車券代わりのチケットを取り出し、券面に書かれた文字を読む。さっきまではなぜか滲んだようにしか見えなかった文字が、今度はちゃんと読み取れる。
タイトルは『VEPPer ファイナルライブ』。

ねえハル。
なんで忘れていたんだろう。
僕たち、今日、最後のライブをするんだ。


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◆

忘れていたわけじゃない。
どんなに幸せになったって、その悲しみを、後悔を、けして忘れやしない。
僕の身体が確かに覚えていた。ちりちりと焼け付くように痺れる右脚の膝が、その痛みが物語っている。
この先の10年、そしてそこで起きたこと。

『成長期の骨格が不安定な時期に、長期間に渡って無茶な運動を続けたのが原因でしょう』と。
激しいダンスを含むステージパフォーマンスに対するドクターストップ。突きつけられた現実に目の前がぐるぐると回る。ハルがそっと背中に手を回してくれたことすら、このときの僕には気づけなかった。
薄々、違和感を覚えていた。自分の身体のことくらいわかっている。
そっくりの双子なのに、昔からどうしてかハルのほうがダンスは上手だった。すぐに難しいダンスを覚えてしまうハルに負けたくなくて意地になって、身の程をわきまえずに無茶なアクロバットを繰り返したのは僕の責任だ。
止めてくれる大人がいなかったのが不幸だったと言われた。当時なんの後ろ盾も持たないアイドルの卵だった僕たちにプロのトレーナーをつけてもらうことは難しかったし、親代わりだったダダチャがすべてを見ていてくれたわけじゃない。自分の身体の限界を理解していなかった僕が無知で無謀だったのも事実だ。
『このまま無理をしなければ、日常生活ではほぼ痛みもなく過ごせると思います』
いずれにしても、過去のことだから悔やんでも仕方がないのだと、医師は優しい声音で諭してくれた。
『月彦くんは演技力で評価されているし、これからは俳優としてのキャリアを積むのも全然、アリだと思いますよ』
状況を知ったマネージャーは励ますように、でもけっして感情的にはならず冷静に話をしてくれる。仕事ぶりの割には若く、さして歳は変わらないはずだけれども、こうして一定の距離を保ったままで僕たちを丁寧に扱ってくれるところに好感が持てるひとだった。
『もちろん、日彦くんもバラエティやダンサーとしてのお仕事はこれまで通りありますから、お仕事の量が極端に違うということにはなりませんのでご心配なく。ただ、ライブのようなアイドルのお仕事がなくなれば、これまでよりも二人が同じ現場というのは、やはり少なくなってしまうかもしれません』
それだけはわかってください、と伺うようにこちらを見る。決定的なことはなにも言わず僕たちの言葉を待っていた。どうやらマネージャーは、僕たちの意志を尊重してくれるつもりらしい。
ーーここでアイドル活動を、終わりにするかどうか。
ううん、わかっている。僕たちが自分で決めるべきことだ。結論だって決まっている。
それでもーーそれでも。

「まだだよ、待って……まだ、終わりたくない」

唐突に告げられた終わりが信じられなくて、恐ろしくて、顔を覆う。
これまで、愛なんてたったのひとかけらも持たず、嘘と欺瞞だけを塗り固めて作り上げた僕たちのことを、それでもなおみんなは愛してくれていた。そんな身に余るほどの幸せを見ようともしなかったのが、僕たちの後悔。
だからこそ、みんなからたくさんもらった愛を、僕たちなりの愛に変えて少しずつでも返していきたいと思っていた。
ああ、アイドル、やっと楽しくなってきたばかりなのに。
「いやだよ……くやしいよ、おわりたく、ない、よ……」
声が震えて、次第に嗚咽に変わる。ああ、これほどに脆いと思っていなかった。まだまだ続くって漠然と信じていたのに、ようやく幸せになれたのに。こんなに突然に終わるなんて。
抑えようとしても嗚咽を飲み込めず、喉の奥からえずくような声が絞り出てくる。呼吸がうまくできなくて、頭がぎゅうと痛む。はらはらと頬を伝って落ちる涙が止まらなくて、手の甲で必死にぬぐった。それでもなにも止まらなくて、流れ出て、ぐしゃぐしゃでみっともなくても、だって、悔しかった。
ぎゅうとハルの手に縋るように握ると、そっと僕の手を握ってくれたハルの手の上に、僕のものでない涙がぽたりぽたり、落ちる。
「っ! アキ、ごめん、俺まで泣いて、ぁ、アキのほうが、ごめっ」
ぐずぐず鼻を鳴らしながら、ハルまで泣いていた。それを見てなんだか変だけれどもほっとしてしまって、ハルの肩に身体を預けるようにもたれる。抱きしめるように回されたほうの手で背中を撫ぜられて、これじゃあ僕のほうが年下みたいだ。
「だから、いつも言ってんじゃん、おれたちふたごなんだからさ! どっちだろうがおれたち、なんだからなっ」
「うん、そうだったよね……ごめん、ハル」

ハル、大好きなハル。僕と一緒に泣いてくれてありがとう。
僕と一緒に生きてくれて、ありがとう。


◆

「それでさ、書いてあるだろ、そこに」
年上のハルーーどうしてだろうか、年上の自分を見るよりもなんだか変な感じだ。彼が僕の手元を指差す。
ずっと手放さずにいたチケットの券面には、ステージの名前が書いてあった。最初はにじんで読めなかった文字が、今はもう読める。
ファイナル。これで最後ということは、そっか、じゃあ『僕』は決めたんだ。
「うん。そういうこと」
歳上の僕はまるで僕の心を読んだみたいに、悲しそうに笑った。
どうして『僕』が記憶を切り離し、今の僕が高校二年生の姿と記憶でこの旅に出たのか、今はなんとなくわかるような気がした。
たぶん、今の僕が一番、未来への希望に溢れていたからだ。アイドルとして人を愛する喜びを知ったばかりの高校二年生の僕。アイドルとして受け取った愛をそれ以上に返すために努力し、そのぶんさらに大きな愛を受け取って……愛が繋がり螺旋を描きながら広がっていく、その幸福な日々が続いていくことを信じて疑わなかった頃の僕だったからだ。
きっとそうなんだろう、『僕』は戻りたかった。あの愛おしく尊い日々のはじまりに。
「わかったよ、もう大丈夫だ、だから戻ってきてよ」
ねえ。
彼の手を取ると、今度は満足そうに僕をまっすぐと見据えて、微笑んだ。
「うん。そろそろ時間だ、僕も行かなきゃ」
およそ十年という歳月を、過ぎ去ってしまった、もう二度と取り戻せない輝かしい記憶を、失ってしまった今を、それでも続いていくこれからを。
僕は、受け止めて、進んでいかなきゃ。
「きみも僕なんだから。一緒に、生きていくんだ」
歳上の、まぼろしみたいにふわふわとした『僕』の存在が、星明かりのように溶けて僕の身体の中に集まる。
すっと入り込んでくる記憶、時間が進むような感覚。僕の中に、切り離していた歳月が取り戻される。
「ありがとう」
そう言って、隣に立つハルに微笑む。
きっとこれで元通りだ。さっきまでは高校二年生だった、今は正しく年齢を重ねたであろうハルが振り返る。
「なにが」
なんて、すっとぼけた返事をして僕に笑う。
「ねえ、ハル」
「どうしたアキ」
「諦めきれずに夢の旅に出ちゃったのは僕の心だけだったんだから、ハルまで合わせて忘れることなかったんじゃないの?」
「だって、俺が覚えてたらアキだって思い出しちゃうだろ。なにか隠してもいつもばれるんだから。俺、アキに隠し事とかできた試しがねーし」
拗ねたようにハルが唇をとがらせる。

「それに、俺たちいつも一緒だろ」
「あは。うん、そうだった」

◆

宵闇と星明かりを映しだす、水鏡のステージ。かつてふたりで一等星に憧れたときの、あの美しい景色と同じだ。
とても幼かった僕たちの姿はすっかり様変わりしたというのに、幾星霜を経ても変わらぬ美しさを保っているのであろう湖には、自然の雄大さを感じさせられる。
「この湖は、変わらないね」
「あの頃とは全然違うけれどな」
僕たちが初めて立った、誰もいないふたりきりのステージ。
今は、観客席にたくさんのエイプスたちが集まって、僕たちの出番を待ちわびていた。当然だけれども満員御礼だ、とマネージャーが誇らしそうに笑った顔を思い出した。みんなが、僕たちのステージを待ってくれている。
「嬉しいよ」
素直に、そう思った。

暗い水鏡のうえに、華奢なピンスポットライト。
まるで一条の希望の光のようにまっすぐに照らし出されて、僕たちは立っている。
ざわめく観客のひそやかな声。期待と、逸る熱気と、すこしの口惜しさ。ここにいるみんなが、最後だって知っている。これがはじまったらもう終わりまで駆け抜けるしかない。一方通行の一本道、僕たちが決めた道。
これが最後だ。
夜空の星は流れながれて、いよいよ地表に近づいて。つよくきらめくこの一瞬は、燃え尽きる最後の瞬間の眩しさでしかないのかもしれないけれど。

それでも、僕たちは、最後まで星になりたい!

「最後だからって甘やかしたりしねーからな、エイプスどもーー! 声出せるんだろうな!?」
「期待していますから、僕たちに聞こえるように届けてくださいね! 君たちの声を!」

歌おう、僕たちの歌を。
声を合わせて歌ってよ、エイプスのみんなも。
呼んでほしいんだ、僕たちの名前。
僕たちギャラクシーアイドルの名前を。

「あい、どる、べっぱー!」

大音量のサウンド越しでも聞こえる。僕たちが呼びかけるたび、僕たちを呼ぶみんなの声がこの耳に聞こえる。
幸せで、嬉しくて、どうにかなりそうだ。
この瞬間を繰り返したい、何度も、何度でも呼んでほしい。
そう、僕たちはギャラクシーアイドル。『VEPPer』だ。

「ありがとう! みんな、愛してるよ!」

僕の煽りに、ひときわ大きく歓声が上がる。みんなが愛の言葉を口々に叫んでいる。
ああ、もう、言葉じゃ足りない。もっと歌って踊って、届けたい。みんなに愛を伝えたい。
割れるような拍手と、喝采と、サイリウムの光。全部ぜんぶ僕たちのものだ。僕たちにみんながくれた愛が、見えるかたちをとってあらわれたものだ。ちいさなころからずっと欲しかったすべてがここにある。
曲のアウトロが鳴り終わっても、まだ歓声は止まらない。
カーテンコールは終わらない。

僕たち、みんなの一等星になれたのかな。
もしそうなら、すごくすごく嬉しいな。

◆

「ねえ、ハル、これ見てよ」
撮影現場で、偶然手にとったアイドル雑誌に掲載された新人アイドル。小さなインタビュー記事の中で、憧れのアイドルとして僕たちの名前を挙げてくれていた。
「お、なかなか見どころのあるやつじゃん」
「ふふ。これからが楽しみだよね」

アイドル活動に一旦の区切りをつけて、最初にもらった仕事はあるテレビドラマ作品への出演だった。
とあるバラエティ番組を基にしたノンフィクション風ドラマ、そのヒーロー役として二人一役の出演依頼をもらった。アクション役のハル、演技パートを担当する僕、ふたり揃って。
最初に聞いた時は、驚きと嬉しさでどうにかなりそうなくらい喜んだ。それから、いつまで経っても僕たちは二人でひとつなんだね、なんておかしくて、ふたりで笑いあった。
「これからもよろしくね、ハル」
「もちろん、一緒に行こうな。アキ」

僕たちを呼ぶスタッフの声が聞こえた。開いていたアイドル雑誌を机に置いて、代わりに台本を手に取る。
もうすぐドラマの撮影が始まる。
その元になった番組のタイトルは『地球滅亡できるかな?』、僕たちの役名は、マキシマムゴウラー。
いつか僕たちも誰かの憧れの星になれるように。
愛は形を変えて、続いていく。

2018.6.23 ラブプリ10にて発行